A4変型判/96頁
定価4,400円(本体4,000円+税10%)
ISBN 978-4-287-82151-0
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特集にあたって
疾患の発症には遺伝要因と環境要因が関与しており,その関与の割合が疾患により異なっている.ミトコンドリア病あるいはメンデル遺伝形式を示す単一遺伝子疾患では,遺伝要因の関与は大きく,原因となるバリアントが同定されれば最適の治療法選択につながる可能性がある.一方,1型・2型糖尿病のようなcommon diseaseは多くの遺伝要因が関与する多因子疾患であり,寄与する遺伝要因(ゲノム領域)の数は当初の予想をはるかに上回っている.どの遺伝要因が,どの程度疾患発症に寄与しているかは個人,あるいは曝露されている(された)環境によりさまざまであり,遺伝情報をもとに治療法の選択を行うことは現時点では困難と考えられる.
ヒトゲノムプロジェクト完了を契機に,ヒトゲノム研究はめざましい進歩を遂げている.30〜32億塩基対に及ぶヒトゲノム配列は,2003年のヒトゲノムプロジェクト完了宣言当時には10%程度のギャップが存在していたが,ロングリードタイプの第3世代次世代シーケンサーによる胞状奇胎のゲノム解析が行われ,そのギャップもほぼ解消されている.このようなシーケンス技術の進歩は,未知の単一遺伝子疾患の原因バリアント同定にエキソーム解析,全ゲノムシーケンス解析を応用することを可能にしている.一方,ヒトゲノム上に存在する個人差(バリアント)の情報整備,解析技術の飛躍的進歩により導入されたゲノムワイド関連解析(genome-wide association study;GWAS)により,common diseaseの感受性遺伝子研究は画期的な進歩を遂げた.GWASは欧米人を中心に大規模に行われており,身長に関しては500万人を超える規模のGWASメタ解析により,欧米人では身長に寄与する遺伝率(heritability)のほぼすべてが解明されたと報告された(Yengo L et al., Nature. 2022; 610(7933): 704-12).2型糖尿病に関しても100万人以上のGWASメタ解析が行われているが,大規模GWASの結果をもとに算出されるpolygenicrisk score(PRS)が発症リスクを精確に予測しうると報告され,予防医学の分野で応用されようとしている.
本特集では,まず前述のNature論文の責任著者の1人であり,わが国におけるゲノム研究をリードしている岡田随象先生にゲノム解析の現状を,環境要因としてのエピゲノム研究について,糖尿病分野でのエピゲノム研究を牽引している酒井寿郎先生に解説していただく.また,単一遺伝子病として若年発症成人型糖尿病(MODY),インスリン受容体異常症,ミトコンドリア糖尿病,ウォルフラム症候群,新生児糖尿病,common diseaseとしての1型糖尿病,2型糖尿病,糖尿病合併症に関して,わが国のゲノム研究の第一人者に,ご自身の研究成果も含めて最新の情報をご紹介いただく.最後に,ゲノム情報の臨床応用について,肥満治療における試みを浅原哲子先生に,PRSの概要と現状,今後の期待などを田宮 元先生にご解説いただく.個人に最適の治療(precision medicine:精密医療)の実現にはゲノム研究のさらなる進歩が必須であり,本特集により,読者にその重要性について理解が深まることを期待したい.
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