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タンパク質の構造と機構
Alan Fersht 著
東京大学 教授 桑島邦博 訳
A5判/768頁
価格6,980円+税
ISBNコード:4-7578-0402-4
Structure and Mechanism in Protein Science :
A Guide to Enzyme Catalysis and Protein Folding by Alan Fersht


第1章(The Three-Dimensional Structure of Proteins)では,蛋白質の三次元構造について,一次構造,二次構造,超二次構造から三次構造,四次構造へと至る階層的な蛋白質立体構造の成り立ちについてわかりやすく解説されている。x-線結晶解析やNMRによる蛋白質立体構造解析法,ゲノムと蛋白質構造ファミリーを関係づける蛋白質の分子進化,多酵素複合体による酵素反応の高度機能化,時間分解結晶解析法などによる酵素基質複合体の構造解析,蛋白質の立体構造運動性と機能との相関などについて述べられている。蛋白質を学ぶ学生・研究者に必読の序章である。


第2章(Chemical Catalysis)では、化学反応の基本的な理論である遷移状態理論について基礎から分かりやすく説明し、続いて一般酸塩基触媒から始めて触媒の一般的原理について解説している。原理を説明するだけでなく、なぜその原理が必要なのかを分かりやすく述べているのは本書の特徴である。続いて触媒が基質と一時的に共有結合を作るような触媒反応、構造活性相関などについて述べた後、再び原理的な問題に戻って詳細釣り合いの原理、速度論的等価性を述べ、同位体効果とそれが反応機構の原理解明にどのように利用されるかを述べている。


第3章(The Basic Equations of Enzyme Kinetics)では酵素反応速度論の基本方程式について解説されている。定常状態の酵素反応速度論,酵素反応の基本となるミカエリス・メンテン機構(酵素と基質との速い結合平衡の後、律速段階を経て酵素反応が進行)、および、その解析,阻害剤による酵素の阻害様式、多基質酵素の反応、多段階酵素の反応、熱力学サイクルについて述べられている。この章から第16章までは生化学や酵素学を学ぶ学生・研究者には必読の内容である。


第4章(Measurement and Magnitude of Individual Rate Constant)では前定常状態(遷移相)の酵素反応の速度論的解析法について解説されている。連続フロー法、ストップト フロー法、ラピッド クエンチング、フラッシュ ホトリシス、緩和法などの測定方法の紹介、および、その解析についてのべられている。また,拡散律速反応などについても記述されている。


第5章(The pH Dependence of Enzyme Catalysis)では酵素触媒のpH依存性について解説されている。酵素反応でもっとも重要な触媒基は、ほとんどの場合、解離性アミノ酸残基であり,それらアミノ酸残基の役割を解析する際に使用される方法や、データの解析方法について記述されている。


第6章(Practical Methods for Kinetics and Equilibria)では酵素反応測定法(平衡論と速度論)の実際について解説されている。酵素反応の平衡と速度を解析するための分光学的方法(吸収、蛍光、CD)、自動滴定装置、カップリングアッセイ法、放射性同位元素などの使用方法を紹介するとともに、解析法についても記述されている。酵素と基質の結合の平衡定数を求める方法として、透析平衡、ゲル濾過、微量熱量測定その他を紹介し,解析方法を述べると共に、誤差論についても言及されている。


第7章(Detection of Intermediates in Enzymatic Reactions)では酵素反応における 反応中間体の検出法について実例をもとに解説されている。酵素反応機構を理解するためには、反応中間体を検出してその存在を証明すること が必要であり,反応生成物から中間体を推定する方法や、反応中間体をトラップする化合物との反応生成物から、中間体の存在を推定する方法等が紹介されている。


第8章(Stereochemistry of Enzymatic Reactions)では光学活性とキラリティーの基本を説明した後、酵素の立体特異的反応と一般の触媒反応の相違について述べている。続いて、多くの例に則して酵素反応におけるキラリティーの重要性を述べた後、立体特異的なリン酸基の転移と酵素反応の立体特異的制御について記されている。


第9章(Active-Site-Directed and Enzyme-Activated Irreversible Inhibitors: “Affinity Labels” and “Suicide Inhibitors”)では、蛋白質の化学修飾一般について述べた後、活性部位をターゲットとした不可逆的な阻害剤や自殺基質について解説している。


第10章(Conformational Change, Allosteric Regulation, Motors, and Work)では、アロステリックな相互作用を説明する2つのモデル即ち、MWCモデルとKNFモデルについて述べ、さらにこれを一般化した理論について解説している。さらに、両モデルの特徴と負の協同性の可能性を考察した後、協同性を定量的に記述する方法と測定法について述べ、さらにヘモグロビンやモーター蛋白質などの具体例を通じてアロステリーと分子構造との相関について分かりやすく解説している。


第11章(Forces between Molecules, and Binding Energies)では、蛋白質分子や低分子リガント間に働く非共有結合の分子論とエネルギー論について述べている。さらに、疎水性相互作用と水和について述べた後、相互作用の測定法を解説し、キモトリプシン、tRNA合成酵素などの具体例についてその結果が記されている。さらに、相互作用の自由エネルギーのエンタルピーの項とエントロピーの項の物理的な意味についても述べられ、他の類書と異なる読み応えのある章になっている。


第12章(Enzyme-Substrate Complementarity and the Use of Biding Energy in Catalysis)では、酵素-基質の相補性と触媒における結合エネルギーについて、その詳細が、類書には全く見られない、緻密でかつ迫力のある文章で述べられている。酵素-遷移状態の相補性と高いKMとが、触媒能に有利であることを一般的に述べた後、それを成り立たせるためにある、ひずみ、誘導結合、反応生成物を生じない非生産的結合様式について、分かりやすくかつ詳細に記述している。大学院生はもとより、蛋白質科学を専門とするものにとっても、多くを語る章であり、他書にはほとんど見ることのできない切り口を与えている上で、必読であろう。


第13章(Specificity and Editing Mechanisms)では、酵素のもつ特異性と校正機構について述べられている。“特異性”という言葉は”過度に使われすぎ”かつ”間違って”使われている、と文頭にあるように、我々はとかく酵素の基質認識を初めとする蛋白質の分子認識に関して、特異性という概念をきわめてあいまいに用いていることが多い。著者は、アミノアシル転移酵素とDNAポリメラーゼを例に取り、その特異性の限界と校正機構について、鋭い観点で記述を試みている。第12章と並んで、多くの大学院生、研究者にとって必読である。


第14章で(Recombinant DNA Technology)は、酵素を初めとする蛋白質科学研究に革命的な進歩を与えた、蛋白質工学的手法の基盤となる、組み換えDNA技術と、必要不可欠な、部位特異的変異導入と無作為変異導入について古典的手法を中心に記述している。DNAの構造を概観した後、遺伝子工学に用いられる各種酵素の反応と用途、PCR、さらにはこれらの組み換え技術を使った、蛋白質の大量発現について原理からしっかりと述べられている。巨大なライブラリーからの人工選択に威力を発揮しているファージ提示法をこの段階で取り上げている。


第15章(Protein Engineering)では、第14章で述べた手法を用いて研究される蛋白質工学的アプローチから、筆者らが取り上げてきた酵素を例にとって詳細に説明されている。PART1では、チロシンtRNA合成酵素に関して、構造、活性、そして反応機構に関する研究を述べており、PART2では、代表的な蛋白質加水分解酵素であるズブチリシンについて反応機構だけでなく、特異性の変換例について詳しく説明している。特定の酵素について、蛋白質工学的アプローチに基づいた詳しい記述のなされている成書はほとんどないといってよく、本書の大きな特徴となっている。


第16章(Case Studies of Enzyme Structure and Mechanism)では、数多くの酵素についての研究例を紹介している。脱水素酵素として、アルコール脱水素酵素、乳酸脱水素酵素、リンゴ酸脱水素酵素、グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素、蛋白質加水分解酵素としてセリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、亜鉛プロテアーゼ、リボヌクレアーゼとしてリボヌクレアーゼAとバーナーゼ、そして糖加水分解酵素としてリゾチームを取り上げ、生化学的解析による触媒機構の解明、立体構造情報に基づいた議論、部位特異的変異導入による触媒機構の詳細な解析、さらには、触媒能の変換、改良について、研究例が述べられている。限られたページ数の中で、これだけのケーススタディが、研究の現場が浮き出てくるような記述で読者に語られている。酵素・蛋白質科学研究の最前線につねにいる著者だからこそできることであり、他書にはない大きな特徴を持ち、詳読に値する。


第17章(Protein Stability)では蛋白質の熱力学的安定性について解説されている。蛋白質の熱変性,変性剤変性,酸・塩基変性の熱力学的解析法,蛋白質変性状態の構造,蛋白質安定性の測定法,蛋白質構造形成のエネルギー論などについて述べられており,最後に蛋白質一次構造からの三次元構造予測について論じられている。蛋白質構造安定性の物理化学に関心のある研究者・学生には必読である。


第18章(Kinetics of Protein Folding)では蛋白質フォールディングの速度論について解説されている。蛋白質フォールディングの速度論的解析法とプロリンペプチドのシストランス異性化,二状態速度過程に及ぼす変性剤や温度の影響,多状態速度過程の速度論的取り扱い,フォールディングの遷移状態,蛋白質工学を利用したフ遷移状態の構造解析(Φ値解析),水素交換法を利用したフォールディング中間体の構造解析,小さなペプチドフラグメントのフォールディングなどについて述べられている。蛋白質フォールディング研究で著名であり,また,Φ値解析法の考案者であるでもある著者のフォールディングに関する解説であり,詳読に値する。


第19章(Folding Pathways and Energy Landscapes)では蛋白質フォールディング問題に関するさらに進んだ議論がなされている。フォールディング問題に関するレービンタール・パラドックス,キモトリプシン・インヒビター2とバルナーゼのΦ値解析に関するケーススタディ,フォールディングの核形成凝縮機構とフォールディングの統一的描像,フォールディングの理論的研究とフォールディング・ファネル,蛋白質の細胞内フォールディングと分子シャペロンについて述べられている。